第二次世界大戦の退役軍人ヘンリー・ライスさんが、乗船していた船に魚雷が発射され、危うく命を落としかけた経験を生き延びた後、100歳で亡くなった。
サリー州クランリー出身のライスさんは、ノルマンディー上陸作戦の一環として、英海軍艦艇「イーストウェイ」で信号手を務め、Dデーの5日後にジュノー・ビーチに到着した。
フランス政府からレジオンドヌール勲章を授与されたライスさんは、「今、世界は危険な状況にある」として、ノルマンディー上陸作戦について子どもたちにもっと教えるよう学校に求めていた。
退役軍人を支援する慈善団体、スピリット・オブ・ノルマンディー・トラストの広報担当者は、「ヘンリーはとても魅力的な人で、いたずらっぽい笑顔で会う人すべてに好かれていました」と語った。
ライスさんは以前、今年6月に追悼式典のためノルマンディーを再訪できたことは、自分にとって「すべて」だったとBBCに話していた。
「素晴らしい人生を送ってきました」と彼は語った。
亡くなった退役軍人のことを考えるとどうなるか尋ねられ、彼はこう付け加えた。「涙を拭うのは簡単すぎるので、あまり深く考えないようにしています。でも一人でいるときは、考えてしまいます」
1944年6月6日、英国、米国、カナダ、フランスの部隊が、フランス北部沿岸でドイツ軍を攻撃した。この日はDデーとして知られる。
ライスさんは車両、人員、装備を運び、作戦を支援した。
これは、これまでに実施された中で最大規模の海・空・陸の軍事作戦であり、ナチス占領下の北西ヨーロッパを解放する作戦の始まりとなった。
ライスさんは、ノルマンディー上陸作戦の退役軍人ケネス・ヘイさんが101歳で亡くなってから、わずか2週間後に亡くなった。
ヘイさんはDデーからわずか数週間後に捕虜となったが生き延び、長年にわたり子どもたちに第二次世界大戦について教えていた。
英海軍によると、ライスさんはその後マルタに向かい、12週間陸上勤務に就いた後、スエズ運河を通って紅海へ向かった。
その後しばらくペルシャ湾岸を拠点にし、さらにスリランカ、ビルマ、シンガポールへ赴いた。
英海軍によると、ライスさんが遭遇した危険の一つは、乗っていた船に向けて魚雷が発射されたことだったが、魚雷は船底を通り抜けた。
今年3月、家族はライスさんの100歳の誕生日を祝う特別な会を開いた。
ライスさんはBBCに、退役軍人は自分のように、戦時中の経験を仲間内で静かに語り合うことが多いと話していた。
「家や友人との集まりでは、『ああ、海軍の水兵だったよ』と言うくらいです」と、彼は笑いながら語った。
スピリット・オブ・ノルマンディー・トラストによると、ライスさんは戦争に送られ、帰らなかった人々を追悼することに力を尽くしていた。
ウェストミンスター寺院の追悼記念花壇や、慰霊碑での追悼行進など、英国各地の追悼行事に参加した。
ロンドン塔で陶製のポピーを植える式典では、VEデー80周年を記念して最後に置かれるポピーをカミラ王妃に手渡したと、スピリット・オブ・ノルマンディーは伝えた。
今年初め、ライスさんはノルマンディー上陸作戦の記憶を語り合うため、エセックス州クラクトン・オン・シー出身の同じくDデーの退役軍人ロナルド・ヘンドリーさんと初めて会った。これは、彼が行った最後の追悼活動の一つとなった。
スピリット・オブ・ノルマンディーの広報担当者は、「彼は多くの人に惜しまれるでしょう。ご家族に心からお悔やみ申し上げます」と述べた。
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